magurit’s blog

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「虚構描くには実感必要」大森一樹

(読売夕刊.2008.12.25)
 「日だまりカフェ」より引用。

  ノンフィクションライター野村進氏の著書『救急精神
 病棟』(講談社刊)の中で,ベテランの精神科医が,
 精神科医としてのピークの歳を聞かれ,55,56歳から
 60歳ぐらいじゃないかなと答える。
  その理由を,「子供は成長して巣立って,自分と同じ
 社会人になってくる。その一方では,親を看取る体験も
 している。人生の『来る者』と『ゆく者』との両方を見
 ているし,同時に自分の来し方とゆく末も見えてくるわ
 けだ。もちろん患者さんを大勢診てきたということもあ
 る」「その上で患者さんに相対したとき,自分の”引き出し”の中から,ぱっと必要な
 ものが出てくるようになるんだよ」と語る。今,ちょうどその歳の自分にはとても説得
 力があると同時に,映画の作り手もそうではないかと思ってしまう。
  大学で映画製作を教えていると,学生たちの「表現の自由」に思わず口を挟むことがままある。
 20歳を過ぎたばかりの学生が,夫婦の離婚の危機だの未婚の母の恋,不倫で妊娠した娘を叱る父を
 描けると思っているのか。それぞれの年代,世代が抱える問題は,その歳にならなければわからな
 いことがあるのは自明のこと。それを,どこかで見たドラマでわかったような気になって映画を作
 るなら,不遜というものだろう。
  私たちの学生時代の映画では自分たちを描くことが全てで,上の世代の行動や心情には触れるの
 を避けたほど。周りに演じてくれる大人がいなかったこともあるが,知らない人たちのことは描け
 ないというぐらいの見識はあった。自分の来し方とゆく末も見えていない者が映画を作るなと言う
 つもりはないが,それでも,自分の”引き出し”はいくつか持ってからだとは思う。確かに映画は
 虚構だが,虚偽ではないのだから,確かな実感が必要なのだ。
  なことを言い出すと,自分も口うるさいおやじの仲間入りかと思ってしまう。ともあれ,映画監
 督としてピークの歳と信じ,来年はよき映画の仕事と出会えることを祈るのみだ。
                                 大森一樹(映画監督)