magurit’s blog

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トランスな世界

No.31

●投稿者:マグリット(♂)
●投稿日:05月13日(月)01時32分40秒

◆和田 誠

 5/12付けの読売朝刊の読書欄に清水ミチコ(物真似)が,和田 誠の
『倫敦巴里』が,自分の芸の根幹だと語っていた。『倫敦巴里』というと,
私にも思い出がある。某国営放送で,永六輔氏が「テレビファソラシド
という番組をしきっていた時のことだ。

 川端康成の『雪国』の冒頭を,いろいろな作家風に書き直したものを朗
読するという機会に出くわした。そのパロディ感覚のすばらしさに,電話
で問い合わせをしたが,「・・・番組用の台本なので・・・」ということ
だった。しかし,いつどういう手段で知ったのか思い出せないが,『倫敦
巴里』という本の存在を知ったのである。
(『ビックリハウス』という雑誌の広告だったのではないか?と,
閃いた。2005.9.7加筆)

 いろいろなテーマで,様々なパロディが満載された本だった。タモリが,
パロディ満載のアルバムを発表したころだったのかもしれない。

 和田 誠の本には『おたのしみはこれからだ」という映画の名セリフの本
もあった。パロディだけの作家ではないと思った。

 世にパロディ本が静かに流行していた。『倫敦巴里』の装丁は,落ち着いた
装いで,かなり昔に出版された本のようにも見受けられる独特の装丁だった。
その本もどうやら,絶版のようである。

国境の長いトンネルを出ると雪国だった。夜の底が白くなった。
信号所に汽車が止まった。
向側の座席から娘が立って来て,島村の前のガラス窓を落とした。
雪の冷気が流れこんだ。娘は窓いっぱいに乗り出して,遠くへ叫ぶ
ように,
「駅長さあん,駅長さあん」明りをさげてゆっくり雪を踏んで来た男は
襟巻で鼻の上まで包み,耳に帽子の毛皮を垂れていた。
もうそんな寒さかと島村は外を眺めると,鉄道の官舎らしいバラック
が山裾に寒々と散らばっているだけで,雪の色はそこまで行かぬうちに
闇に呑まれていた。
「駅長さん,私です,御機嫌よろしゅうございます」
「ああ,葉子さんじゃないか。お帰りかい。また寒くなったよ」
「弟が今度こちらにつとめさせていただいておりますのですってね。
お世話さまですわ」
「こんなところ,今に寂しくて参るだろうよ。若いのに可哀想だな」
「ほんの子供ですから,駅長さんからよく教えてやっていただい
 (後略)引用.『倫敦巴里』

No.32

●投稿者:マグリット(♂)
●投稿日:05月13日(月)01時38分47秒

◆和田 誠(2)

谷川俊太郎マザー・グース)風

トンネルでたら ゆきぐにだった
ゆきのなかには うさぎがいてね
どろのなかには うなぎがいる

ジャックをのせて きしゃははしった
メリーをのせて きしゃはとまった
とまったところは しんごうしょ

メリーがまどを すとんとあけた
つめたいゆきが はいってきた
つめたいいきが でていった

メリーはさけぶ おおごえで
メリーはよんだ えきちょうを
ふとったちびの えきちょうを

えきちょうさあん えきちょうさん

えきちょうすたすた やってきた
ランプをさげて やってきた
けがわのぼうしで やってきた
 
ジャックがそとを ながめると
さむそうにいえが ふるえてた
ゆきはのまれる くらやみに

引用.和田誠『倫敦巴里』

No.33

●投稿者:マグリット(♂)
●投稿日:05月13日(月)01時47分34秒

◆和田 誠(3)

宇野鴻一郎 風

  トンネルを抜けたら雪国だったんです。国境のトンネル,
 とっても長かった。
  夜の底,真っ白みたい。そう思ってたら,信号所に汽車が
 とまったんです。
  あたし,エロチックな気持ちになってしまった。これは内
 緒なんだけど,トンネルを通るたんびに感じちゃうみたい。

  トンネルがいけないんです。
  トンネルに汽車が入ると,あたし,いけないことを連想し
 ちゃうんです。ああ,あたしにも逞しい汽車が入ってきて欲
 しい,なんて思ったりして・・・・・・。

  でも,ふっ,と目がさめた。
  雪のまじった冷たい風が,あたしの顔に吹きつけたからだけど。
  前の席のむすめが窓を開けたんです。
  むすめは窓からのり出して,誰かを呼んでいる。呼ばれた男は,
 明かりを下げて,雪の道をやってきた。
あら,その格好。襟巻を鼻の上にまで巻きつけている。耳まで
 ある毛皮の帽子。(もうそんな寒さかしら)と,あたしは思った。
 で,外を見ると,バラックが寒そうに散らばっているんです。
 あれは鉄道の官舎かしら。

 引用.和田 誠『倫敦巴里』

No.34

●投稿者:マグリット(♂)
●投稿日:05月13日(月)01時55分00秒

◆和田 誠(4)

落合恵子 風

  旅行というよりも旅・・・・・タビという言葉の響きが好きだ。
たとえば,国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪国だったとい
 うような,そんな旅。
たとえば,その土地の夜の底が白いと表現されるような,そんな
 旅。
  たとえば,信号所に汽車が止まるような,そんな旅。

  ホラ,それだけで喜んじゃったりして。向側の座席から女の子が
 立って来て,なにげなく落とすワタシの前のガラス窓。流れこむ雪
 の冷気。
こんなことを思い出したら,ネ,行っちまうんだ。雪国へ。
         *       *
この汽車には
ワタシ ひとり
イスがひとつ余ってます
雪を見ようと
出かけた旅で
ひとつの季節が終わってゆく
明日 かえります
明日 かえります
アイツへのお土産に
スプーン一杯の雪をすくって

 引用.和田 誠『倫敦巴里』

No.35

●投稿者:マグリット(♂)
●投稿日:05月13日(月)02時04分42秒

◆和田 誠(5)

 星 新一 風

  国境の長いトンネル。そこを抜けると雪国の筈だった。信号
所に汽車が止まる。どこからともなく一人の娘が立って来て,
エヌ氏の前の窓を開けた。なまぬるい空気が流れこんだ。娘は
窓からからだを乗りだして叫ぶ。
 「駅長さーん,駅長さーん」
 明りをさげてやって来た男は,おどろいたことに顔も手足も緑
 色だった。そして緑色の唇から声が出た。
 「ジフ惑星へようこそ」
 エヌ氏はけげんな顔で言った。
 「わけがわからん。ワタシは上野から汽車に乗った。それなの
にここは地球ではないのか」
緑色の宇宙人は説明をした。
「あのトンネルが宇宙空間のひずみにはいりこんでしまったら
しいのです。しかしご安心下さい。ここは友好的な惑星です。
地球のみなさんを歓迎します。」
エヌ氏をはじめ,乗客たちはほっとした。
「ところで地球には帰れるのでしょうか」
「もちろん帰れます。あのトンネルを逆に戻ればいいのです。
しかし,今度は時間にもひずみができます。みなさんがお帰り
  になるのは三千年後で,私たちの計算では地球から人類は消滅
  しているでしょう」

引用.和田 誠『倫敦巴里』

No.36

●投稿者:マグリット(♂)
●投稿日:05月13日(月)02時14分44秒

◆和田 誠(6)

  淀川長治 風

  トンネルを出ましたねぇ。長いですねぇ。長いトンネルですねぇ。
 このトンネルは,清水トンネル言いまして,長さは九千七百メートル
 もあるんですよ。長いですねぇ。この長いトンネルを出ますと,もう
 雪国ですねぇ。寒いですねぇ。
  雪国と言いますのは新潟県を指すんですよ。湯沢温泉が舞台になっ
 ております。娘さんが窓をあけて「駅長さあん」言いますね,あそこ
 の景色,きれいですねぇ。その写真,もう一回見せて下さい。
  ハイ,写真でました。きれいですねぇ。撮影がいいですねぇ。
  カメラマンは,グレッグ・トーランド言いまして,アカデミー賞
 三回もとっております。上手ですねぇ。ハイ,写真ありがとうござい
 ました。その時に駅長さん,面白いかっこしてますねぇ。襟巻に耳ま
 である長あい帽子着てますね,面白いですねぇ。これが,雪国の典型
 的な駅長さんのかっこですねぇ。
  このかっこを見ただけで,ここが雪国だ言うことがよーくわかりま
 すねぇ。コワイですねぇ。シナリオがうまいですねぇ。
シナリオはベン・ヘクトですよ。ベテランですねぇ。名作をいっぱい
 作っております。もう時間来ました。それでは,来週をお楽しみくださ
 い。サヨナラ,サヨナラ,サヨナラ。

引用.和田 誠『倫敦巴里』