magurit’s blog

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井筒和幸氏の映画評

 「純愛にもらい泣きなんぞしてるOL衆よ,
  あんまりふざけると廊下に立たすぞ!」

  巷に,他愛のない恋愛映画が流行ったりしているのが,
 何とも薄気味悪くて怖い。
  派兵と派遣と意味が違うのですとほざく国会のタコヤ
 キハゲやワカメハゲがまだ生きているのもちょっと恐ろ
 しいし,自分のポジションを守って保つことだけに神経
 を使っていれば十分,いやいや精一杯としたり顔のした
 若者の特権階級めいたそんな不吉な時代の眼つきに出会
 うこともしばしばだ。
  大根役者かどうかは知らないが吉田栄作のあの,何事
 かありそうで実はない,形而上的な無意味な顔とかが流
 行るのも,ちょっと怖い。織田ユージとかいうのもそう
 だ。頭の中味が推し量れない顔が世の中にいっぱい,男
 の今の顔だと出て来た。広告代理店もそんな奴らしかい
 ないので使わなきゃ仕様がないやとばかりに,CFに使
 う。ペット扱いは今まで女だけかと思ってたら,男子も
 だ。銀行のポスターやカレンダーは女性の顔が主役で,
 ムクつけき男は今までニコリとかニチャッとはしなかっ
 たもんだ。
  それに加えて,今度は絶望的な将来を案じて,可もな
 い不可もないミドル級の表面をした,しかも私の事に一
 筋でヨソ見しない,そして愛らしき物を偏に貰えたら,
 という女まで増殖し始めている。
  世の中が,純愛だらけで純愛カップルだらけになるの
 を想ったら,これまた空恐ろしくなってしまった。他人
 への憎悪が増し,嫉妬が共鳴し合い,差別が横行し,友
 好が途絶え,沈黙が多くなり,殺人が走り,疫病が増え,
 死体が川に溢れて,か。そんなことはないけど。そんな
 ことがありそうな気分の映画だった,アメリカ映画の
 「ゴースト」。
  でも,こんな純愛様々で,アメリカでも大々ヒットっ
 て一体どうしたんだろう。ベトナムの近代戦で惨々人間
 ぶち殺しておいて,あの時にはオレたちは青春だったん
 だぜ! と「プラトーン」の一兵卒がほざきやがった,
 と思ってたら,今度は純情一筋で恋人が死んで霊になっ
 てもボクは君を守ってやるからネ,ときたもんだ。丹波
 のテッちゃん(小腸の事ではない)の傘さして宙に浮い
 て行く霊界物とどう違うのか。
  いちばん何より恐ろしかった事がある。これこそタン
 バのおっさんと違うのか同じなのか,悪事を働いた揚句
 に死んだ人間は必ず,幽霊になってこの世に戻る事すら
 出来なくて,瞬く間に悪霊の古株みたいな黒いイイ加減
 な影のかたまりがやってきて,その霊になりかけた死に
 たてのその人は瞬く間に駆逐されてしまうところだ。
  生きているうちに十分反省している場合は,どうなる
 のか,影のかたまりはやってこないのかどうか。ボクは
 どうか,じゃ,黒い影がたかりにきて死んだ上にまだ殺
 されるのだろうか,考えだしたら気味悪くて耐えられな
 くなり,思わず真剣に見入ってるまわりのOL衆の中で
 大笑いした。
  死んだ奴が幽霊に生き返りまた亡悪霊にリンチ殺人さ
 れるのだ。こんな事を考えてるアメリカ人が恐ろしい。
 プロテスタンティズムが恐ろしい。ハリウッドのユダヤ
 人は金しか信じないらしいが,宗教を信じ込ませるのも
 得意だ。そして,金だけを最後に机に積む。
  OL衆さんがその後,純愛にもらい泣きしだしたので,
 思わずブーイングしてやった。ムードがぶち壊しヨとい
 う顔をしてこっちを見るので,ふざけると廊下に立たす
 ぞ! と云いかけそうになった。
  余談だが,性の一致が純愛と思ってる若い女も日本は,
 TVの中によく出る。「新婚さん。帰れ!」だ。

雑誌『QA』(平凡社)1991.1月号より引用