magurit’s blog

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『楽譜の風景』岩城宏之・岩波新書

 

楽譜の風景 (岩波新書)

楽譜の風景 (岩波新書)

 以前,友人から紹介されていたのを思い出しました。
 岩城氏が,メルボルンのオケを振っていた時の話が,
 とても素敵です。

「頭の中のめくりそこない」

 この二十年間に五十回以上楽譜を見ながら「春の祭典」を指揮し,
 初めて暗譜でやったのもこのオーケストラだった。(中略)頭の中の
 フォトコピーもすっかり定着したような気になっていて,パースの直
 前の「春の祭典」は実にリラックスしてやることができた。

 この後,メルボルンのオケのメンバーに,1ε名のパースのエキストラを
 加えて,リハーサル・演奏会とのぞむのですが・・・。

 スコアであと六ページというところにきた。これまでの数々の小さな 
 事故を防止しながら指揮してきて,ぼくは内心得意でもあった。疲れて
 いたところへ,この得意さという邪念が加わり,ぼくは一気呵成にクラ
 イマックスをつくるべくラストスパートした。 

 ところが,ここで事故が起こってしまうんです。
 鳴るはずのトランペットが鳴らない。指揮棒のサインに反応がない。
 岩城氏は,自分の振り間違いに気がつきます。
 ここで,岩城氏はどうしたとおもいますか?
 ・そのまま,オーケストラに任せて,誤魔化して終わった。
 ・演奏を中断して,振り直した。
 彼は後者を選ぶのです。

  ぼくはお客の方に振り向いて,「私のミスで止まってしまいました。
 ごめんなさい。途中からやり直します」と言った。身体中の汗が氷の
 ように冷え,震えながらコンサートマスターのところに歩み寄り,曲の
 どの場所からやり直そうか,と小声で相談した。

 さて,聴衆とオケのメンバーからのあたたかい拍手を受けて,演奏を
 再開するのですが・・・・。

  演奏を再開した。だがさっき事故を起こしたところにさしかかった時,
 同じ状態が再現した。トランペットは鳴らず,ぼくの棒は,まるで空中を
 犬かきしている犬のように重心を失って泳ぐのだった。無我夢中のうちに
 オーケストラといっしょになり,最後の六ページを演奏し終わって,「春
 の祭典」は終了した。お客のあたたかい拍手は鳴り止まず,ぼくは何度も
 ステージに呼び返されながら,恥じ入るばかりだった。

 この後の話が,素敵なんです。失敗してやり直すだけでも勇気がいるのに,
 やり直しも失敗。でもオケがカバーしてくれた。
 当然というか,岩城氏もショックで,楽屋で一人で頭がカラッポな状態だ
 ったようだ。そのとき,電話がなり,オーケストラのメンバーが「○号室
 にみんないるから,いらっしゃい。飲み物豊富」と。
 「行きたくない」と岩城氏。何人ものメンバーが入れ替わり立ち替わり,
 かけてきて,「こういう晩はわれわれと飲んで遊びなさい」と誘う。

 ・・・あなたを元気づけるためには,あなたの大ミスのことを話した方が
 いいでしょう。違う話をしたってあなたはのってこないだろうし,すぐそ
 うやって一点を見つめてしまう。部屋の中のオーケストラのメンバー四十
 人が,口々にさっきの「春の祭典」が止まった時に,それぞれが思ったこ
 と,感じたことをおもしろおかしくしゃべるのだった。(中略)普通は,
 オーケストラのせいにして,あのまま最後までやってしまうものだ。実際
 に止めなくたってなんとかなった。それをあなたは自分のミスだとはっき
 りお客にしゃべった・・・。

 その後,宴会はホテルの屋上で続く。

  一人が得意そうに言った。二回めにやり直した時も,あなたは同じところ
 で同じふり間違いをした。だがおれたちはもうわかっていたんだ。あのパニ
 ックの状態の時に,消えた二小節があなたの頭の中に戻ってくるはずがない。
 だから魔の二小節を通過する時は,みんなであなたの棒を絶対に見ないよう
 にしたのだ。あなたは空を切って泳いでいたけど,無事に最後までいったで
 しょう。われわれもなかなかうまく先を読むようになったもんだ。
  これだけあたたかい聴衆や楽員の国からは,おそらくぼくは,もう離れられ
 ないだろうと思う。
       以上の引用は,岩波新書 岩城宏之『楽譜の風景』
           「頭の中のめくりそこない」146から158ペ

 引用が多かったので,クレームが来たら削除します。m(_ _)m
 これを紹介してくれた友人は教育関係の仕事をしているが,
 この話を,途中で止めて「次,どうしたと思う?」と発問しながら読む教材が
 あると教えてくれ,「春の祭典」を聴くと,この話を思い出してしまう。
 プロがミスした時,どう対処するのか,さらに同じミスを重ねてしまった時,
 チームはどう対応したのか,それを考えながら読むと,温かい感動が残るん
 だろうなぁ。まさか,作曲者のストラビンスキーも,道徳的な教材になって
 いるとは思うまい(微笑)。