二月のこと。その日,新しい仕事が始まった。
白衣に袖を通し,26年ぶりにガラス器具と
当時,学生には手を触れることも許されなかった分析機器に囲まれた。
三人の先輩が一つ一つ指示を出す。
古めかしい小さなドラフトでは,バーナーと三脚ではなく,
ガスコンロに架けられた鍋がグツグツと音を立て,
リングを嵌めた三角フラスコを加熱していた。
学生の頃に,教官から口が酸っぱくなるまで仕込まれた事を
懸命に思い出そうと焦るが,どうにもならない。
手渡されたメスピペットに,口で吸うのか,安全ピペッターは
無いのかと戸惑う中,粘性の高い液体の入った褐色瓶眺めた。
液体がすっかりとんでしまった蒸発皿にその液体を2ml滴下し,
ガラス棒でかき混ぜ結晶を潰した。
入社して3月が過ぎた。
試用期間も終わり,以前の悪意に満ちたストレスから開放され,
いかに,手際よく,段取りをたてながら,分析をこなしていく。
慎重と不安が同義語だった時期から,熟練への道を進む毎日。
が,気を付けないといけない。
馴れからくる油断や集中力の欠如が時間の浪費やコツコツと
築いた自信を奪っていく。
そう,初日の最初に分析の前処理に関わったNOXの定量を
今日,一月ぶりに実施したが,先月,一人でこなしたという自信が
慢心に陥りそうな感じだった。アブナイ危ない。
長い道のりなのだ。
慌て急ぐことはない。が,ノンビリはしないよ。